- それぞれの生きにくさと、まわりの人々のあたたかさに共感したい人
- 優しい物語を読んであたたかい気持ちをもらいたい人
概要
タイトル | 夜明けのすべて |
著者 | 瀬尾 まいこ |
出版社 | 水鈴社 |
知ってる?
夜明けの直前が、一番暗いって。「今の自分にできることなど何もないと思っていたけど、可能なことが一つある」
職場の人たちの理解に助けられながらも、月に一度のPMS(月経前症候群)でイライラが抑えられない美紗は、やる気がないように見える、転職してきたばかりの山添君に当たってしまう。
山添君は、パニック障害になり、生きがいも気力も失っていた。
互いに友情も恋も感じていないけれど、おせっかいな者同士の二人は、自分の病気は治せなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになるーー。人生は思っていたより厳しいけれど、救いだってそこら中にある。
引用:Amazon商品ページ
生きるのが少し楽になる、心に優しい物語。
本屋大賞受賞後第一作。水鈴社創立初の単行本、渾身の書き下ろし。
本を読んだ感想
ふたりだけでなく、皆が抱えるもの。その大小をはかることはできない
まず、美紗の抱えるPMS(月経前症候群)がこんなに厄介なものとは知りませんでした。
私にもイライラしたり気持ちが落ち込んだり、そういう傾向は毎月少なからずあります。
ですが、美紗のように会社で爆発してしまうほど、まわりを驚かせてしまうほどの重たいPMSがあるとは思っていなかった。
同じ女でも人によって大きな差があるし、そのつらさは想像できてもきっと本人のつらさとは比べものにならないでしょう。
山添くんのパニック障害も、そういうものがあるということは知っていても実際の大変さは本人にしかわからない。
ふたりはお互いに知りえない生きづらさを抱えながら、それでも相手のために寄り添おうとしています。
美紗と山添くんが目立ってはいますが、つらいことを抱えているという点ではふたりの働く栗田金属の社長も同じなのですよね。
美紗と山添くんを迎え入れた社長は、決して負担にならないさりげない優しさで彼らを支えています。
みんな、目に見えるものや見えないもの、自覚のあるものや自覚のないものまで様々なつらさを抱えて生きている。
そのつらさの大小は、他人には決して推し測ることができません。
社長のように上手に、押しつけにも負担にもならない優しさで見守りあいたいものですね。本当に難しいけれど。
好きでも嫌いでもない。恋人でも、友達でもないふたり
美紗と山添くんは異性同士で年齢も近いので、どうしても恋愛を連想してしまいますね。
でもふたりは、お互いを好きでも嫌いでもないらしい。恋人でも、友達でもないらしいのです。
え?せめて友達ではあるでしょう?と思ってしまうのですが、相手を大事に思うあまり気を遣いすぎて疲れてしまう美紗と、無意識に友達の前では明るく快活な自分になってしまう山添くん。
そんなふたりがまるっと本来の自分でいられるということは、お互いに「友達」の枠にはいません。
もっとずっと、どうでもいい存在。
どうでもいいなんて、なんだかあまり良くない響きに聞こえるでしょうか。
ふたりの「どうでもいい」には、自分が相手に対して好きに振舞える自由と同時に、相手にもどう振舞ってもらっても構わないというおおらかさがあるのです。
自分も相手も自由でいいし、どんな言動をしても嫌いにならないという安心感。
そんな大きな安心感のもとに、ふたりの「どうでもいい」は存在している気がするのです。
これって、名のあるたくさんの人間関係の中でも特に特殊で、貴重で、大切なポジションではないですか?
こうやってまたこの関係をどこかの枠、ポジションに当てはめようとするなんて、センスないな~と自分でも思ってしまいますが…笑
相手をそのまま認めあえる究極の理想的関係、と私は感じてしまうのです。
好きになりそう、ではなく「好きになることができる」
「ぼくは自分が嫌いです。臆病だし、将来の見通しもゼロ。好きになれる要素がないです」
山添君はパソコンに向かっていた体をこちらに向けて、話し出した。
「そんな悲観することないだろうけど」
「悲観はしてませんよ。ただ、タコと自分が好きじゃないだけで。でも、藤沢さんを好きになることはできます」
「え?」
「自分のことは嫌いでも、藤沢さんのことは好きになれますよって言いました」
引用:『夜明けのすべて』
この会話を読んだとき、山添くん、美紗のこと好きなの?と思いました。美紗の戸惑いと同じように。
でもたぶん、そういうことでもないのですよね。
山添くん、タコが苦手なのですね。どう料理しても食べられないとこのあとの会話に続くのですが、自分と美紗の話に並べられるタコの話はなんだか唐突。
これって、タコが苦手、というくらいの軽さで自分を嫌いと言っているのかな。
そして、同じくらいの軽さで美紗を好きになれると言っている。
山添くんはパニック障害を発症して以来、過去の自分と比較しては今の自分を強く嫌ってきたはずです。
ところがここへきてやっと、好き嫌いや自分のことを手放せたような印象があります。
まわりの人の優しさを受け止めて、過去の自分を諦め受け入れることができたのでしょう。
嫌いな自分のままでも、できることはありますよ。
流されるのではなく自分の意志で歩き出すような、能動的で前向きなニュアンスを感じますね。
それは美紗も同じで、すでに長い付き合いのPMSをもったままでも、彼女なりに歩くことはできる。
ふたりはお互いの存在によって自分を受け入れ、前を向くことができた。
いいなあ。なんだかいいな、と思ってしまうふたりです。
ですが、たぶんあまりに自然なかたちでそこにあるので、そばにある優しさに私も気づいていないのかもしれませんね。
気づいていないだけで、あなたにもこんな優しさが寄り添っていませんか?
おわりに
とっても優しい物語を読みました。
こちらの小説は、2024年2月に映画化されます。
松村北斗と上白石萌音のW主演、この優しい雰囲気がきっと大切に描かれると思うと楽しみですね。
本で読むのもいいし、映画館で楽しむのもいいですね!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Comment