『人生オークション』本当に大切なものだけを手元に残し、ゆっくりと歩き出す【書評】

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本の記録#07 アイキャッチ

≪ご注意ください≫これより先はネタバレを含みます
この本には『人生オークション』と『あめよび』の二編が入っており、
それぞれに分けて感想をまとめています

この本をおすすめしたい人
  • オークションのやり方、経過を見守ってみたい人
  • 復活の物語を読んで元気をもらいたい人
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目次

概要

タイトル人生オークション
著者原田 ひ香
出版社講談社
本の基本情報

不倫の果てに刃傷沙汰を起こして謹慎中のりり子叔母さんと、就活に失敗してアルバイトをする私。
一族の厄介者の二人は叔母さんのおんぼろアパートの部屋にあふれるブランドのバッグから靴や銀食器、着物までをせっせとネットオークションにかけていく。
すばる文学賞作家が描く、ゆるやかな再出発の物語。

引用:講談社BOOK倶楽部

本を読んだ感想:『人生オークション』

真実よりも、真実と「思われている」ことが大事

「事件が起きて、皆が私を犯人だと思ってる。いかにもやりそうな女だって思ってる。まつ子姉も良雄さんも、旦那も。警察の人も弁護士さんも……白石サンは私の言葉じゃなくて奥さんの言うことをなんの疑いもなく信じてる。それなら、私がやってなくても、やったのとどこが違うの? 一番大切な人たちに信じてもらえないなら、どこが違うの? これまで自分がそういう人生を生きてきたんだからしょうがない」

引用:『人生オークション』

りり子の口からこの言葉を聞いた瑞希は、ぜんぜん違うよ、と一蹴します。

まあ、本当にやったこととやりそうなことではもちろん全然違うのですが、でも私にはりり子の言いたいことがよくわかる気がしました。

事実がどういうものであれ自分の言葉とは異なることを信じられてしまうって、それ自体が本人を十分すぎるほど深く傷つけますよね。

信じてもらえない自分、それだけの自分に、諦めに似た感情をりり子は抱いたのではないかな。

優しすぎるとも思うし、そうして自分を諦めるほうが頑張るよりも楽だったのかもしれない。

事件によってりり子がどのように傷ついたのか、それがよくわかる場面でした。

最後に残った段ボールの中身は何だったのか?

わざわざ言うなんて、ちょっと野暮かもしれないけれど。

りり子叔母さんはたくさんの、自分にとって必要かどうか分からないものを売りに売りました。

それを経てやっと、本当に自分の手元に置いておきたいものを自覚することができたのですね。

最後にオークションに出すことができなかったシャンパングラスのように、

そのもの自体の価値というより、自分にとって価値があるから残しておきたいもの

りり子はその箱を心の支えにして、これから生きていくのかな。

部屋が片付くに伴って彼女自身の背筋が伸びていく感じ、地に足をつけて一歩進む感じがとても心地よかった。

そんなりり子の姿をそばで見てきた瑞希も、挫折した就職活動をもう一度やってみようと思い始めます。

意外なところで似ている二人は親族の枠を超えて、年齢の離れた友達のようにしてたまに会う関係になれるかもしれません。

本を読んだ感想:『あめよび』

『あめよび』概要
白石眼鏡店で働く美子と、熱心なラジオリスナーでハガキ職人でもある輝男。
お互いを大切に思い長く付き合ってきたが、美子の願いに反して輝男はどうしても結婚できないという。
輝男が明かさない過去と、もっとも愛する人にしか教えることの許されない本当の名、「諱(いみな)」。
美子と輝男の優しい関係は、結婚の話題をきっかけにゆっくりとずれていく…

美子と輝男、それぞれの見ている世界

「いろんな日があるし、いろんなことがあると思うんだよ」

「うん」

「世界は一つなんだけど、見る人や作る人によって、あんなふうにもこんなふうにも切り取ることができて、おれとしてはできるだけいい方に切り取っていきたいと思うわけだ」

「……だから?」

「おれ、語りすぎかな。ちょっと恥ずかしくなってきた」

引用:『あめよび』

バックグラウンドが詳しく明かされない輝男ですが、彼がどんなふうに世の中をとらえていきたいかがよく表れている会話ですよね。

美子もそんな輝男なりの視点による投稿が好きでファンになり、そんなところを愛しているはずなのですが、二人の今後のことになるとそれが見えなくなってしまいます。

二人のすれ違いって、この視点の違いがすべてに起因しているような気がします。

美子と輝男に限らず、すべてのことがそれぞれの「切り取りかた」によるといってもいいかもしれません。

どちらが良い、悪いということではなく、こうやって縁が繋がったりふと離れたりしていくのかな…と、しんとした気持ちになる会話でした。

美子は欲しいものを手に入れたのか?

輝男と別れた美子はその後、「美子が欲しくてもどうしてももらえなかったものを、何でもやすやすとあふれるほどくれ」る男性と結婚します。

美子が欲しくてしかたなかったもの。

美子は何でも手に入れたと思っているけれど、本当にそうでしょうか。

読んでいる私には、美子がそれと引き換えに失った輝男という人の存在が大きくて。

彼女を愛して、優しく受け止めて、寒い雪の夜に二人きりの話ができるような輝男を手放してまで。

美子は本当にこれが欲しかったの?と、つい思ってしまうのです。

輝男の美子を想う気持ちはほんもので、結婚できない理由を美子が理解できるまでいくらでも時間をかけるつもりがあった。

輝男は二人の間にある大切なものを、美子よりずっとちゃんと見ていた。

そう思うと、すれ違っていく二人、ずっと美子を愛し続けている輝男が悲しくて泣けてきます。

美子は眼鏡店で働き、自分以外の人のことならとても冷静に見極められるのに…悲しい皮肉ですね。

でもそうはいっても、美子の気持ちも分かるのです。

好きなのに、一緒にはいたいのに結婚はできない。諱も教えてもらえない。

なぜ?と思いますよね。

目に見えるものではないから、何かしらの形が欲しい気持ちがきっとあったのでしょう。

そう、だから二人が離れることになってしまったのは仕方のないことだった。

どちらが悪いということではなく、そのときの価値観やタイミングによって仕方がなかったのかなと私は思います。

最後に収録されている解説で、輝男の諱について触れられています
腑に落ちる部分もあったので、気になる人はあわせて読んでみてください◎

おわりに

前半に収録されている『人生オークション』は、なんとも爽やかで素直な物語でした。

そんな気分のまま読み始めた後半の『あめよび』は読み進めるうちになんだか不思議な雰囲気になっていく。

最後まで読んで、どうとらえていいのか…悲しいわけではないのにと自分で不思議に思いつつ、涙が止まらなくなりました。

こういう色々な見かたのできる物語って好きなのです。

それこそ、私はこのような側面から世界を見ているのだな、とわかる気がして。

もの悲しいというのか、でも読む人が違えばもしかして明るい物語といえるのか?

二編通して、得るもの失うもの、価値、縁、などを考えてしまいました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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